痴漢の被害届を取り下げてもらうにはどうすればいい?
「痴漢行為を働いてしまい、被害者に被害届を警察に提出されてしまった…」
たとえ現場から逃走しても、被害者が被害届を提出すれば、その後の捜査で身元が発覚し、警察が自宅や職場へ逮捕にやってくる可能性があります。
また、その場で被害者や周囲の乗客に取り押さえられ、駆けつけた警察官に逮捕された場合も 、警察は被害者に対して被害届の提出を求めます。
逮捕されてしまうのではないか?起訴されてしまうのではないか?なんとか被害届を取り下げてもらう方法はないだろうか?
痴漢行為を後悔している方なら、このような不安はつきません。
ここでは、
- そもそも被害届とは何か?
- 被害届を提出されるとどうなるか?
- 被害届を取り下げてもらう方法とは?
- 被害届を取り下げてもらうとどうなるのか?
という疑問にお答えします。
このコラムの目次
1.痴漢行為は重い犯罪
痴漢は、都道府県の迷惑防止条例違反の罪(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金、但し常習犯は1年以下の懲役、100万円以下の罰金)、もしくは刑法の強制わいせつ罪(6月以上10年以下の懲役)に当たります。
罰金刑であっても、前科として記録されることになります。
実務では、陰部に直接触れるような行為を強制わいせつ罪、衣服の上から臀部、胸部を撫でるような行為を迷惑防止条例違反とすることが通常です。
2.そもそも被害届とは何か?
被害届とは、犯罪の被害者が、警察を含む捜査機関に対して犯罪被害にあった事実を報告することです。
被害届と似ているものに告訴状がありますが、両者は全く別物です。
告訴とは、犯罪の被害者などが捜査機関に犯罪事実を申告して、犯人を起訴して処罰するよう要求する意思表示です。
名誉毀損罪、器物損壊罪のような親告罪においては、告訴があることが起訴の条件となります。
このため、告訴については、告訴できる者は誰か、告訴できる期間、告訴の取り消しができる時期などの手続について、刑事訴訟法に詳細な定めがあります。
親告罪でない犯罪(非親告罪)であっても、告訴がある場合は、被害者等の処罰を求める強い意志が表明されているため、多くの場合、本格的な捜査が進みますし、起訴不起訴を決める段階や裁判においても、被疑者、被告人に不利な情状として考慮されます。
これに対して、被害届は、犯罪事実の申告を受けた場合に被害届という書類を作成してもらうという警察内部の職務ルールに過ぎません。
ですから、法的には被害届の有無は捜査を左右しません。捜査を行うかどうかは、警察など捜査機関の判断によるものです。
そして、本格的な捜査が行われるか否かは、犯罪の内容次第です。殺人、強盗傷害、放火などの重大事件では被害届がなくても当然に捜査が開始されます。
他方、詐欺、窃盗、暴行、軽い傷害などでは、被害者が被害届を提出しないならば、ほとんどの場合、事件化されず捜査が行われないまま終わります。
これは痴漢事件も同じです。
3.被害届を提出されるとどうなるのか?
上に述べたように、法的には被害届が提出されたら必ず捜査しなくてはならないわけではありませんが、痴漢事件の頻発は大きな社会問題ですので、実際上は被害届が提出された痴漢事件を警察が放置することはありません。
けれども、逆に、被害届の提出が見込めないならば、痴漢事件の捜査が進展することもありません。
たしかに痴漢事件は、迷惑防止条例違反も、強制わいせつ罪も、どちらも非親告罪であり、法律上は捜査に告訴も被害届も不要です。
しかし、両者ともに、性犯罪という被害者の心情、プライバシー保護に慎重な配慮が求められる事件です。
ことに2017(平成29)年の刑法改正前は強制わいせつ罪が親告罪であったことから、法務省は、法改正にあたり、「事件の処分の際には、被害者の意思を丁寧に確認するなど、心情に適切に配慮する必要がある」 とした通達を全国の検察庁に送っています(※1)。
(※1)参考「被害者心情に配慮を 改正刑法施行で法務省通達」2017年7月10日付・産経ニュース
このため、実務上は、痴漢事件では、捜査の過程で被害届と告訴状を得たうえで起訴を行っているのが実際です。
性犯罪の場合、被害者は精神的ショック、二次被害への不安などから、その被害を事件化することを躊躇しがちです。
それにもかかわらず痴漢の被害者があえて被害届を提出したということは、泣き寝入りしない勇気があるためですから、その後、正式な告訴状も提出される可能性は極めて高いでしょう。
そうなれば、捜査はより進展し、次のような結末に至ります。
①痴漢現場で取り押さえられたり、警察署まで任意同行させられたりしたが、否認せず、身元がはっきりしているため逮捕されなかったケースでは、今後、在宅のまま起訴される可能性があります。
迷惑防止条例違反では法廷への出廷が不要で罰金刑のみが科せられる略式起訴となる場合も多いですが、これも前科となることに変わりはありません。
一方、強制わいせつ罪では、公判請求されて法廷で正式裁判を受ける可能性が高いでしょう。この場合は通常懲役刑が求刑されることになります。
②痴漢現場から逃走したが、後に報道で被害者が被害届を提出したと知ったというケースでは、今後、捜査によって犯人の身元が発覚し、逮捕される可能性があります。逮捕後は、最大限23日間身柄を拘束されてから、起訴されるでしょう。
犯人が特定されていない場合には、被害者の衣服や体に付着した犯人の汗や指紋の分析、防犯カメラ映像の分析、これらの結果と被害者や目撃者の供述との照合、交通系ICカード(特に定期券タイプ)の履歴情報などにより、犯人を特定する捜査がなされます。
4.被害届を取り下げてもらう方法
被害者に被害届を取り下げてもらうことは、手続上はほぼ意味がありません。しかし、被害届で示された被害者の処分を求める意思がなくなったことを示せば、被疑者は不起訴となる可能性が高くなります。
被害者の処分を求める意思を打ち消し、それを示す方法は、被害者との示談を成立させることです。
刑事事件における示談とは、被疑者と被害者との合意で示談書を作成し、その文中で、示談金の支払い等を前提に犯行を許し、被疑者の処罰を求めないとか、寛大な処分を望むなどの意思を表明(これを宥恕…ゆうじょと言います)してもらうことです。
しかし、示談交渉をしたくても、痴漢の被疑者は被害者の連絡先を知りませんし、警察や検察官も、プライバシーの問題や二次被害のおそれがあるため、被害者の連絡先や氏名を痴漢の被疑者やその家族らに直接教えてくれることは絶対にありません。
そのため、弁護士を選任する必要があります。
職業上秘密保持の義務を負う弁護士に対しては、警察や検察官が、被害者の意向を確認したうえで、(被害者に交渉に応じる意思があれば)被害者の連絡先や氏名を開示してくれるからです。
その開示が得られれば、弁護士は被害者との示談交渉に当たることになります。
痴漢の場合、被害者には何らの落ち度もないにもかかわらず、面識のない犯人から性欲のはけ口とされたことに、強い精神的ショックを受けています。
また、勇気をもって被害届を提出していることから、処罰感情も強いものがあります。
まして、被害者が未成年の場合、交渉の相手方となる保護者が強い怒りを持っていることは当然です。
弁護士は、これら被害者側の心情に最大限配慮して、示談交渉に当たる必要があります。
示談交渉では、被疑者の真摯な反省と誠意ある謝罪の気持ちを、被害者側に受け入れてもらう必要がありますが、それは簡単なことではありません。
例えば、痴漢事件では、被害者は被疑者の人となりを全く知らないため、怖い人間ではないか、これまでも被害者を尾行して自宅・職場・学校まで知っているのではないか、あるいは釈放されれば今後も被害者を付け狙うのではないかなどの大きな恐怖心を持っています。
そのような場合、弁護士は何度も被害者側と接触し、例えば、次のような事実を伝えます。
- 被疑者にもきちんとした職場と家庭があること
- これまでは常識人、健全な社会人として生活してきたこと
- 今回の犯行を心から悔いて反省していること
- 被疑者の妻、両親も犯人を強く叱責し、妻からも被害者側への謝罪を希望していること 等
被疑者やその家族の情報、今の心境などを詳細に伝えることで、特別に怖い存在ではなく、被疑者とその家族も深刻に悩んでいる同じ人間であることを理解してもらうのです。これには被疑者本人や家族の協力が不可欠です。
そのうえで、例えば、被疑者と弁護士が示談書で次のような約束をすると提案します。
- 被疑者は、今後、被害者及びその家族、親族、友人など、被害者側関係者に接触を求めず、また電話、手紙など方法の如何を問わず連絡をしない
- 被疑者は、痴漢行為を行った電車○○線は利用しない
(もしくは、○○駅は利用しない、特定時間帯は利用しない、特定号車を避ける等、被疑者が偶然に被害者と再度接触することを防止する約束)- 被疑者は、被害者の自宅、学校、勤務先の周辺に赴かない
- 被害者及び家族の氏名、住所、連絡先、学校、勤務先などの情報を保有するのは弁護士○○限りとし、同弁護士は、これらを含む被害者側の情報を一切、被疑者、その家族を含む関係者、第三者に伝えない
- 場合によっては、被疑者が約束を破った場合にペナルティを課す
このように被疑者側だけにメリットがあるのではなく、示談が成立すれば、被害者側も、示談金の受け取りにとどまらず、さらなる被害・迷惑の危険を確実に払拭でき、より安心できるメリットがあると提案し、理解してもらうのです。
示談書に記載する内容は事案に応じて様々で、これらも一例に過ぎません。
刑事弁護に強い弁護士は、数々の事件を経験することで、被害者に示談に応じてもらうために、どのように説得し、どのように工夫すれば良いか、多くのノウハウを身につけています。
示談がまとまった場合、示談書には、被害者が「被疑者を宥恕する(ゆうじょとは、寛大な気持ちで許す)」、「処罰を求めない」、「寛大な処分を望む」などの記載(これらを宥恕文言と言います)を入れることで、被害届や告訴状により示された処分を望む意思を打ち消してもらうのです。
痴漢事件のような非親告罪では、告訴、被害届の取り下げは法的効果をもたらすものではないのですが、まれに、被害者の処罰意思の消滅を確実にあらわす裏付けとして捜査機関が提出を求めるような場合には、示談書に明記するか、別途取下書を作って被害届を取り下げる形式を整えることがあります。
5.被害届を取り下げるとどうなるのか
(1) 起訴前の場合
痴漢事件で、示談が成立し、宥恕が得られれば、起訴されないことが通常です。
先に説明しましたとおり、被害届の有無もしくは被害者の処罰を求める意思の有無は、痴漢事件で起訴されるための法的な条件ではありませんが、性犯罪については、被害者の意志を丁寧に確認し、その心情に配慮することが求められます。
したがって、痴漢事件の被害者が、あえて被疑者に宥恕を与え、あるいは被害届を取り下げた場合には、特別な場合を除いて、起訴されることはほとんどありません(特別な場合とは、被疑者に性犯罪の前科がある、常習犯であるなどが考えられます)。
これは、捜査機関から見れば、重要な証拠である被害者の証言を同人の協力が得られず刑事裁判を維持できない、すなわち有罪判決を得られない可能性を考慮してのことでもあります。
上記のような特別な場合には、そうしたリスクを押してでも捜査機関の社会的使命として処罰を求める必要性がまさるということになりますから、示談が成立しても起訴されてしまう可能性はあります。
痴漢の犯行が発覚したごく初期の段階で示談を成立させ、被害届を取り下げれば、事件化しない場合もあります。その場合、逮捕も起訴もありません。
この観点からは、できるだけ早い段階で,弁護士による示談交渉をスタートさせることが重要です。
(2) 起訴後の場合
在宅でも捜査が進展していたり、すでに逮捕されていたりする場合には、示談成立の事実が確認できれば、検察官によって起訴猶予処分(起訴すれば有罪が見込めるが、諸般の事情を考慮して不起訴とすること)となるでしょう。
では、示談が間に合わず、起訴されて、公判請求された(法廷での裁判にかけられる)場合は、どうなるのでしょうか?
すでに起訴した痴漢事件が、示談ができた、被害者の被害届を取り下げられたという事情で、起訴が取り下げられるということはありません。
この段階では、警察署が被害届の取り下げに応じることも考えられません(すでに事件は警察の手を離れてしまっています)のから、被害届の取り下げに準じた内容の文言を示談書に記載することも意味がありません。
では、痴漢事件での起訴後は、被害者と示談することに意味はないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。起訴後であっても、示談が成立していれば、被告人に有利な情状として量刑で考慮されるからです。
懲役刑ではなく、罰金刑となるかも知れませんし、懲役刑が軽くなったり、執行猶予付き判決となって、刑務所行きを免れたりする可能性もあります。
したがって、起訴された後であっても、示談を成立させることには大きな意味があり、遅すぎるということはありません。
6.まとめ
痴漢など絶対にしないと思っていても、つい魔が差して痴漢をしてしまった、ということはあり得ることです。
強制わいせつ罪に当たる場合はもちろん、迷惑防止条例違反の罪に当たる場合といえども、逮捕・起訴されたりしますし、処分が罰金であっても前科となります。
実際に痴漢をしてしまったため、被害者に被害届を提出されて不安に思っている方は、お早めに弁護士にご相談ください。
弁護士は、捜査状況に応じてアドバイスしますし、示談交渉も迅速に進めます。
泉総合法律事務所は、刑事弁護の経験が豊富で、痴漢事件の実績も多数あります。痴漢をしてしまった方、逮捕されてしまったという方のご家族は、当事務所に是非ご依頼ください。
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